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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)1172号 判決 1980年2月20日

原告

長谷川硝子株式会社

右代表者

高橋哲彦

右訴訟代理人

井上捷太郎

被告

株式会社富士工芸

右代表者

金子繁

被告

株式会社富士建装

右代表者

金子勝太郎

外二名

主文

被告らは、原告に対し、各自、次の金員を支払え。

1  金一五〇万円

2  内金七〇万三、〇一〇円及びこれに対する昭和五一年一二月三一日から

内金三万〇、八八〇円に対する昭和五二年三月三一日から

内金三〇万円に対する同年五月一八日から

内金四〇万円に対する同年五月三一日から

内金六万六、一一〇円に対する昭和五三年六月一日から

それぞれ支払ずみまで年六分の割合による金員

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一〜三<省略>

四進んで被告富士建装の責任について検討する。

原告は、被告富士建装が被告富士工芸の債務を免れるために設立された会社であつて両者は同一人格であると主張するので、まずこの点について判断する。

1  請求原因五項・1及び2の各事実は、当事者間に争いがない。

もつとも、被告富士建装は、被告富士工芸が事実上倒産したのち債権債務についてなんらの清算手続をとらないでいるのは、倒産時においてすでに右のとおり清算に付すべき資産がなにもなかつたからであると主張するが、この主張事実を認めることのできる証拠はなにもないし、また、被告富士工芸が倒産後右主張事実を原告ら債権者に通知してその了解をとりつけたことをうかがわせる証拠もない。そうだとすると、被告富士工芸がその債務関係の清算をしないでいるのは、被告富士建装の主張するのとは別の理由にあるといわれてもやむをえないところである。

2  請求原因五項・3の事実中、被告富士工芸と被告富士建装との事業目的が陳列ケースの製造とする点で共通していることは、当事者間に争いがない。

ところで、<証拠>によれば、登記簿上、被告富士工芸の事業目的は、店舗改装、室内装飾、陳列ケースの製造、一般建築請負業とされているが、一方、被告富士建装のそれは、家具製作及び販売、陳列ケースの製造、ウィンドー内のディスプレイ、これらに附帯する一切の業務とされていることが認められる。そして、この公示されたそれぞれの事業目的を対比すると、右被告両者が互いに異種、異質の事業を目的としているというよりは、むしろ相互に共通する事業目的をより多く保有していると認めて差し支えがない。

のみならず、<証拠>によると、右被告両者の実際の事業執行の場面では、いずれも店舗内装関係の施工、販売ならびにこれに付随する照明器具、什器、その他の備品の製作、販売を主力としており、その営業活動に格別な相違のないことが認められる。

以上の事実関係によれば、被告富士工芸と被告富士建装との事業目的は、その建前において共通するところが多いばかりか、その実際においてもほとんど同じで、かつ、これに添つた営業活動をしていたし、また、現にしているということができる。

3  請求原因五項・4の事実は、被告富士建装の監査役である嶌田正之が選任された経緯について争いがあるほかは、その余の事実について当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によると、右嶌田が選任されたのは原告主張どおりの目的・経緯であることを認めることができる。

請求原因五項・5の事実中、被告富士工芸の取締役、監査役ら役員の全部がその代表的取締役である被告金子繁の親族であることは、当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によれば、被告金子が被告富士工芸において名実ともにこれを主宰していたことはもとより、被告富士建装においてもその代表取締役の地位にこそ就任していないがこれを実際に主宰していることが認められる。

また、<証拠>によれば、被告富士工芸及び被告富士建装ともにその株主は、被告金子を中心とする親族達によつて構成されているものと推認できる。

以上の事実関係に照らすと、被告富士工芸及び被告富士建装ともに、その役員及び株主は被告金子を中心としてその肉親、親族を主にして構成されており、これらの業務執行の実際においては、被告富士工芸、被告富士建装とも被告金子がその経営の実権を握り切り廻していることが認められる。

4  請求原因五項・6の事実中、被告富士建装が被告富士工芸が倒産時まで本社社屋及び作業所として使用していた被告金子所有の建物に本社を置いて営業活動をしていることは、当事者間に争いがない。

また、<証拠>によれば、被告富士建装が被告富士工芸の従前使用していたのと同一番号の電話を使用していること、被告富士建装が従前被告富士工芸に雇用されていた従業員をおおよそそのまま雇用していること、取引先もほぼ同一であることが認められ、反対の証拠はない。

右説示の当事者間に争いのない事実及び認定事実、さらに前記1の被告富士工芸が清算手続をとらないでいること、前記2の被告富士工芸及び被告富士建装の事業目的とその活動の同一性に、<証拠>を合わせ考えるならば、被告富士建装は、被告富士工芸の保有していた人的、物的営業用財産をほぼそのまま流用して営業活動をしていると認めて差し支えがない。

もつとも、被告富士建装は、請求原因に対する認否六項・2において、同被告が被告富士工芸が使用していた建物を使用するようになつた経緯を主張して、営業用財産の流用を否定するが、このような経緯を認めることのできる証拠はないし、そもそも右被告両者を主宰する被告金子が単に賃料収入を得る目的のみでその所有建物の使用を被告富士建装に認めるに至つたとは、これまでに説示してきた事実関係に照らして容易には考え難いところである。

以上の事実関係によれば、被告富士工芸と被告富士建装とは形式的には別個の株式会社としての形態を備えてはいるが、その実態は被告富士建装が倒産した被告富士工芸と実質を同じくする会社として設立されているといわねばならず、このような設立は、倒産した被告富士工芸の原告ら債権者に負担する債務を免れる目的を含んでなされた会社制度の濫用といわれてもやむをえない。もつとも、被告富士建装は、請求原因に対する認否六項・1において、その設立の目的を、被告富士工芸の代表取締役である被告金子繁が生活苦に陥り、これを見兼ねたその父である金子勝太郎が同被告を救済するために設立したものと主張するが、仮にこのような目的があつたとしても、このことは、以上に説示した事実関係のもとにあつては、被告富士建装の設立を前記のとおり会社制度の濫用と断ずることをいささかも妨げるものではない。会社制度の濫用と認められるか否かは、単に設立に関与した者の主観的意図のみによつて判定されるべきことがらではないからである。

そうだとすると、このような場合、信義則上、被告富士建装は、自己が被告富士工芸と別人格であることを主張できず、この結果、自己が被告富士工芸と同一人格とみなされることに異を唱えることができないことになる。

以上のとおりであるから、被告富士建装もまた、すでに説示した被告富士工芸が原告に負担する手形金債務、売買代金債務等を、被告富士工芸に連帯して(この点はのちに触れるとおりである)、負担するものというべきである。

五なお、被告富士建装が被告富士工芸と連帯して債務を負担すべきであるとの点について付言する。

本件のように、被告富士建装と被告富士工芸とを同一人格とみなしながらその被告両名のそれぞれにまつたく同一の給付を命ずる債務名義を発令することは、ひとつの人格に重複して債務名義を発令するのと酷似しているように見え、このようなことが訴訟法上許されるのか疑問がないではない。ところで、我が民事訴訟法における訴訟手続及び強制執行争続においてはその手続の明確性が要請されているのであつて、債務名義の効力は特に法定されるほかはその名宛人のみに及ぶと解されるから、例えば本件のように会社制度の濫用がある場合に、被告富士工芸に対する債務名義をもつて会社制度を濫用したとみなされた被告富士建装に名目上帰属している財産に対して、すぐに強制執行できるかは甚だ疑問であるし、また同様にその逆の場合が許されるかも問題である。そうだとすると、まさに本件のように被告富士建装が被告富士工芸と同一人格とみなされて同一債務を負担すべき場合には、これら被告に対して、各別に、あるいは同時に、同一給付を命ずる債務名義を発令することが必要であり、また許されるべきである。そして、債務名義上負担する被告両名の債務は、これを連帯債務と解すべきである。

六本件訴状が被告稲岡に送達された日の翌日が昭和五三年六月一目であることは、本件訴訟記録により明らかである。

以上の次第で、原告の被告らに対する本訴各請求はいずれも正当であるから認容することとし、民事訴訟法八九条、九三条、一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(近藤敬夫)

手形目録<省略>

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